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医薬品通販規制反対運動より、ネット企業がやるべきこと
今年6月に予定されている医薬品通販規制に伴い、医薬品のネット販売に制限が設けられることになっている。これに対し、ヤフー・楽天といったインターネットモールを運営するネット企業が、厚生労働省の方針に対して反対の声明を表明するとともに、サイト来場者に反対署名を募る運動を行なっている。ヤフーは日本国内最大リーチのメディアであるそのトップから誘導をはかるという力の入れようだ。

一般用医薬品の通信販売継続を求める共同声明(ヤフーのプレスリリース)
http://pr.yahoo.co.jp/release/2009/0206a.html

楽天の署名募集ページ(医薬品カテゴリーより誘導) http://event.rakuten.co.jp/medicine/net_signature/

声明文にある日本オンラインドラッグ協会
(もともと設立の経緯より、規制緩和を求めるロビー団体)
http://www.online-drug.jp

(声明文において筆頭となっている医薬品ネット販売推進協議会という団体は、反対運動のために作られたペーパー団体なのかどうかわからないが、ウェブサイトが存在しない)

ECサイトがコマースの多くの分野において画期的に利便性を高めたということについては誰しも異論はないだろう。医薬品についても同様に利便性の面で便益を受けている人が多くいることは疑いの余地はない。しかし医薬品はその特性上、例えばたばこや酒と同様に、商取引において何らかの制限が加えられることは、安全性の確保の観点から必然的なものである。利便性と安全性の間でどう妥協点を見いだすかは、あらゆる規制のテーマとなっており、恣意的な線引きでの決着が多いことは否めない。

ブレイクスルーが生まれたとき、はじめて利便性と安全性の間での綱引き(恣意的な線引き)ではなく、より高い次元での両立が可能となる。果たして、国内のネット企業、具体的には、この声明に名を連ねているヤフー・楽天はそのようなブレイクスルーを生み出す努力を行なって来たであろうか。答えは、全くやっていない、である。

何故少しもやらないのか。やれないのではない。やってないのである。我々はこの15年、インターネットがこれまでに出来なかったことの多くを可能にしてきたのを目の当たりにしてきた。医薬品のネット販売の安全性の確保についても、インターネットの技術とインフラを活用し発展させることで、必要としている人、とりわけ必要度が高いと想定される高齢者、妊婦などの「外出困難者」に対し、必要な医薬品を的確に届けることが不可能だとは思わない。米国におけるグーグルヘルスのような医療サービスに関する普遍的プラットフォームを構築しないまでも、<専門家の診断>と<商品購入時の個人認証>を結びつける、ある程度汎用性のある(=ユーザーとサイト上の販売店の双方に利便性のある)システムを作ればいいのである。

そう、インターネットがこれまでに出来なかったことを可能にして来たと書いたが、それは米国企業が起こしたイノベーションをそのまま輸入しただけで、実際はこれまでも、日本における固有の課題解決に日本のネット企業がやったことは、ほとんどなかったのであるが。

ヤフーについて、私は以前在籍していたので、誰がどのような議論をしたのかというところまで思い浮かべることが出来る。これまでもヤフーにおけるイノベーションの不在について残念なことは多かったが、今回はひときわ残念である。楽天については、EC領域における国内ナンバーワン企業を標榜しておきながら、実際に彼らが構築して来たものは、自社を専ら潤す集金システムのみである。社長の三木谷氏は興銀OBとしてよく知られている。日本興業銀行は戦後の日本の産業復興、のちに発展途上国の開発という、広く社会の進歩と人々の生活の向上に寄与したが、その成功は志の高い先達の尽力によるものと言われる。それと比較しての自らの志の低さに恥じることはないのであろうか。
(追記:三木谷氏は厚労省の検討会で「なんでネットだけいじめるのか」と訴えたそうである。恥ずかしい認識および言動と言わざるを得ない。ITmedia Iza! 産経新聞記事より)

声明文において、わざわざ「科学的・合理的な根拠を裏づけとして、通信販売その他の販売方法を問わず、全ての販売経路で実質的に安全な販売体制を確立するという視点に立った検討が行われるべきと考えます。」などと、「他にも適当に売っている店も多いんだから俺らにもやらせろ」と申し添えていることは、自覚の欠如を表した恥の上塗りとしか言いようがない。そのような販売経路が容易に根絶できるくらいまで、インターネットを通したブレイクスルーを実現することに、自ら進んで努力をするべきなのである。それが、理想的なネット企業が採るべき道であり、使命とも言うべきものである。そして言うまでもなく、ここにいるのはその原資も持つ企業たちなのである。

ヤフーの署名募集ページでは、この措置を厚生労働省の省益だとか、薬局薬店の既得権保護だと訴えている。根拠が希薄であるにもかかわらず、他の領域での省庁・既得権益に関する不祥事からの類推によって煽動を行なう方法は大変罪が深い。そして、声明文に名を連ねている「インターネット先進ユーザーの会」という団体は、この件を通して一体何を目指しているのであろうか。かつての社会党の不毛な「何でも反対」を彷彿させる、彼らが権力とするところへの反対が自己目的化していることはないであろうか。その簡便性ゆえに自覚の低い参加もありうる、ネットでの無責任な署名の推進が衆愚主義を生み、最終的にインターネットをゴッサムシティへと貶めるような道筋づくりを先導することはやめてもらいたい。

※この記事を含め、このブログはあくまで私の個人としての意見を述べたものであることを、念のため確認しておきます。
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任天堂と電通、動画配信で「お茶の間復権」...

しばらく前のニュースですが、こんなものがありました。


同じITmediaの記事:Wii向け動画配信、任天堂と電通が来春から「お茶の間復権を」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0812/26/news053.html

本来はなるべく時間をゲームに誘導したいはずの任天堂が直接手がけるだけあり、組むべくして組んだ相手同士ですが、やはりエスタブリッシュメントの発想というか。お茶の間とは、テレビや総合広告代理店が、古き良き盤石の利権時代を懐古してこのところ使っている常套句なのだけれど、ただ人を呼び戻すことだけをゴールにしていては、Wii自体がもたらしたものより後退しているというか、そこから新しい価値が生まれそうな気配が感じられない。世の中全体が守りの時代に入りそうな今日この頃、短期的にはそれが一番成功するコンセプトかも知れないものの。

安定していない時代だからこそ、まったく新しいパラダイムを切り拓ける可能性が本当だったらより多く存在する。しかも、それは守るべきもののない新しいプレーヤーだからこそ出来ることなのだろうけれど、少なくとも日本では、今年は、誰も何もできなかった。

企業にとっても個人にとっても、おそらく非常に厳しい年となるであろう来年は、勝負の年。ここで何もできなかったら、日本のインターネット関連の企業は、つまらない会社としてのポジションを、よりはっきりさせることになる。復権ではなく、本質的なレベルで新たなコミュニケーションとそれを動かすエンジンとしてのマーケティングの場と回路の創造に、自分自身も携わっていきたい。

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皆さまもよいお年をお過ごしください。

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NHKスペシャル「デジタルネイティブ」11月10日放送
9月上旬放送予定だったのが、ついに放送されるようだ。

NHK「デジタルネイティブ」10日放送 動画投稿募って制作

動画投稿に関して、同じくITmediaのもう少し詳しい記事

NHKが動画投稿サイト「ネットならではの体験」募集

私自身が注目しているのは、NHKがUGC的な動画投稿という手法を用いてどう番組作りをしたかということより、この番組をどのような人がどのくらい視聴するかにある。

NHKは2007年1月にやはりNHKスペシャルで「グーグル革命の衝撃」という番組を放送した。この番組は梅田望夫氏の「ウェブ進化論」を熟読したような人"以外の"人たち、つまり何の疑問もなしにネットといえばヤフーしか使って来なかった人の脳裏にも、グーグルの名を深く刻み付ける大きなきっかけを作ったと思われる。実際2007年から2008年にかけ、グーグルは日本市場での悲願だった市民権を得たとも言うべき躍進を遂げている。

さて「デジタルネイティブ」だが、企業の経営トップやその下のマーケティング担当役員、宣伝部長をはじめとする、デジタル以前の人たちの多くにとって、デジタルネイティブなる世代の存在はこれまでに多少なりとも知り得ていたとしても、感覚的にそれを理解出来るものではなかったはずである。テレビの持つ(侮れない)表現力にNHKというお墨付きがあいまって、もしこの番組のメッセージがデジタル以前の人たちの感覚をも動かすものであったとしたら、企業の活動、とくにユーザーとの接点たるマーケティングは、大きく舵を切っていく方向に流れが切り拓かれる可能性がある。

いざ流れが変わったとき、既存の(職業としてデジタルレフュジーな)マーケッターとマーケティング会社はついていけるであろうか。
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